その火蓋が切られたのは2013年5月号の日経エンタメ記事だったように記憶している。
一部抜粋するとこの通りである。
[日経エンタテインメント! 2013年5月号の記事を基に再構成]より抜粋
――無論すでにそうした流れは遥か昔からあったのだという人もいるのかもしれない。が、ここまで公式的にあからさまな宣言があったのは私の知る限りこの記事が初めてだったように思う。
さらに言及すればこの宣言の発端になったのがオリコンランキング2012年発表の週刊少年ジャンプ「女性売れ×男性売れ」比較データの結果に端を発してのことであろう事が窺える。
日経エンタメ記事内でも触れられていたが、女子人気の高いコミックスの上位がスポーツ漫画やバトル漫画などジャンルにおける「友情・努力・勝利」のいわゆるジャンプ王道パターンがふんだんに込められた作品で占められているのに対し、男子人気の高い作品上位には『ニセコイ』や『めだかボックス』など、男同士の熱いバトル要素のみではない、多種多様な可愛い女の子たちが活躍するラブコメ色を孕んだ作品が挙がっていたりする。
(参考)「少年読者」獲得のためジャンプが目指すべき方向性
[日経エンタテインメント! 2013年5月号の記事を基に再構成]より抜粋
ここからの「脱・バトル」「脱・スポ根」宣言――というよりは、そうした要素も切り捨てず、男性読者向けにもう一段階進化させる取り組みが「ラブコメ」「お色気」要素の作品推進の動きであることは、2013年以降強くプッシュされ続けてきた連載陣の顔ぶれ(『食戟のソーマ』『ニセコイ』『キルコさん』『iショウジョ』『恋するエジソン』『恋染紅葉』など)が示すところであろう。
特に学園ラブコメの投下率は一時期のサッカー漫画投下率より遥かに高かった記憶がある。
まあ結局それでも、生き残ったのは従来からの『食戟のソーマ』『ニセコイ』ぐらいか…
実は『斉木楠雄のΨ難』なども、当初はニセコイのようないわゆる「ハーレム型」学園ラブコメへのシフトチェンジを狙っていたふしが見受けられなくもないのだが、今ではどちらにも転べる大変オイシイポジション取りしてるなと感じる。SQの『ギャグマンガ日和』や初期の『銀魂』的な成功例を彷彿とさせる。
だがやはり「脱・少女ジャンプ」宣言からの成功例の最たるは『食戟のソーマ』であろう。というよりまさに当時の少年ジャンプが「今後目指したいジャンプ作品の在り方」に上手く乗っかったともいえる。
「萌え」「闘う理由」「お色気」「挫折と成長」「絆」「強敵の存在」……
「少年ジャンプの矜持」は死守しつつもぶっちゃけコミックス売上やアンケが見込める女性読者に見放されるのは本意でない編集部にとって、『食戟のソーマ』はそうした女性読者層を切り捨てることなくそちらにも餌(熱い友情バトル)を与え、なおかつ男性読者の心と股間をアツくたぎらせることも実現した、今のWJにはなくてはならないパーフェクトな切り口の作品ではないだろうか。
だがしかし一方で、そうした「お色気×スポ根」や「ラブコメ×バトル」といった融合技もバランスを計り間違え撃沈していく作品が後を絶たなかったりする。
例えば『卓上のアゲハ』などは、いかにも女子ウケしそうなイケメン男子たちが切磋琢磨しながらトンデモ技を極めていくという「女性読者」を意識したスポーツものを切り口とする一方で、唐突にヒロインのお色気に走りすぎ、そのことが逆に女性読者のみならずすべての読者を置き去りにする展開となりあえなく打ち切りとなった。
…いや、ヒロインにお色気要素を持たせる事自体はむしろ本来のターゲット層である少年読者の歓迎するところであろう。がしかし、それでストーリーが破たんしたりキャラに一貫性がなくなったりするようであれば本末転倒と言わざるを得ない。
個人的には、昨今のジャンプ作品における「この漫画は女子に媚びてないですよー」とアピールするが如く不自然に織り込まれるお色気展開や唐突なラッキースケベ展開が鼻につくのも事実である。
勿論すべての作品がそうだとは言えないしそういう意図はまったくないのかもしれない。
勿論すべての作品がそうだとは言えないしそういう意図はまったくないのかもしれない。
が、編集部サイドの方で少年ジャンプの「男子向け」訴求を表明することが、漫画家さんたちに余計なプレッシャー意識を課しているように思えたりもするのである。
◇『ONEPIECE』作者・尾田氏インタビューのアレ
「この人、女子の意見に流されてないか?」という人がたくさんいることに気づいたんですよ(一部抜粋)
だけど(女子の)その意見に揺り動かされているようでは、僕は少年漫画雑誌での立ち位置を失うというか(一部抜粋)
かつて『バクマン。』でも主人公たちが「男臭い」漫画を良しとし、連載人気が落ち込んだ際には女子のファンレター意見に流されてしまいそうになるのを皮肉る展開もあったりした。
恐らく編集部全体があの時期はこうした「女性読者アンチムード」だったことが覗えたりする。
かつてそれ以前に『D.gray-man』や『家庭教師ヒットマンREBORN』などがいわゆる「腐女子」ウケ漫画として大ヒットし話題になったその反動が背景にあるのだろうか。あるいは一部の過激な女性読者による数々の粗相(人気漫画ヒロイン宛に剃刀を送りつけたり人気漫画家のTwitterにヒロインへの抗議文を送りつけたり)による拒否反応なのか…
だからこその「このままでは少年ジャンプは女子に乗っ取られる」という一種の危機感が「女性読者」排除ともいえる流れに繋がりここに至るということなのかもしれない。
◇そもそも「少年ジャンプ」の真の敵は本当に「女性読者」なのか
ジャンプ自体が「アンケート至上主義」、つまりアンケによって連載継続の命運が決まるというシステムであることからも、いわゆる「腐女子票」に対する反発は大きい。
要するに、本来の読者層であるはずの「少年読者の声」よりもアンケなどの投稿に熱心な女性読者の声が反映された作品が生き残る⇒作者が女子に媚びる⇒女性向けの作品が蔓延る⇒「こんなの少年ジャンプじゃない!腐女子ジャンプだ!」となるのである。
(※ちなみにこちらで表現するところの「腐女子」とはいわゆるキャラ同士のBL関係に萌える女性読者というだけでなく、もう少し広義な意味で「少年漫画のキャラに萌える女性読者」を指すものとする)
だがしかし、真に根強い「腐女子アンチ」とは本当にそうした「少年読者層」なのか……。
ここからは私の所感なのだが、案外「少年読者層」と「腐女子層」とは、マーケット的には似通っている者同士とも言えるのではなかろうか。
分かりやすい友情描写、かっこいい主人公、厨二心をくすぐる必殺技、強くてイケメンなライバルキャラ…
いずれも腐女子、少年読者がともに、「好きになる作品」に求める要素として欠かせない要素である。
決して互いに「相容れるべき存在」ではないだろうがしかし、前述の尾田氏インタビューの内容にある「女の子の意見をニーズとして描いてしまえばそれは少年漫画じゃなくなる」というのは若干杞憂ではなかろうか。
そもそも少年漫画好きの女性にとって少年ジャンプとは、「男子の世界」をこっそり垣間見させてもらえるところに楽しみを見出しているわけであり、女性の気持ちに寄り添った「少女マンガ」であることなどは端からこれっぽっちも望んではいないのである。
つまり少年ジャンプのやるべきことは「女性読者」を遠ざけることなどではなく、これまでどおりただひたすら少年漫画を描いていればいいだけの話なのである。読者の男女比率など気にすることはない。
「少年漫画」を描いている以上、それがどれほど「女性読者」を惹きつけることになろうとも、少年ジャンプはあくまでも「少年のもの」であることに違いはないのだから。
さて少年ジャンプが少年漫画であり続ける障壁として女性読者などは恐るるに足らずと分かったところで…では少年ジャンプの「真の敵」とは果たしてどんな層なのか。
ところで先般連載が終了した『黒子のバスケ』などは、「WJスポーツ漫画暗黒期」といわれていた時期に彗星の如く現れたバスケ漫画であると同時に、アニメの影響もあり女性読者に支持されるジャンプ作品としても名高い。しかしその一方でやはり「アンチ」も多く、頻繁に『スラムダンク』と比較されては「パクリ漫画」「劣化版」などと揶揄されてきた。
実際どちらが作品として優れているのか、その見解についてここで深く語るのは差し控えるが、『スラムダンク』といえば今の大人たちがかつて少年時代には夢中になって読んだバスケット漫画の代表作であり、スラダンをきっかけにバスケ少年になった読者層も多いのではないだろうか。
そうした「スラダン信者」にとっては、いわゆる「腐に媚びただけのパクリ漫画である黒バスがバスケット漫画としてジャンプの看板を飾るのは許せない」といったところなのかもしれない。
そう考えるとスラダン信者が『黒子のバスケ』とほぼ同時に連載開始した『フープメン』を「(腐女子に媚びない)正統派漫画」であると、やたら推す流れだったのも何となく頷ける。
そしてそれはスラダン信者のいわゆる「懐古厨」にとって、バスケ漫画の歴史が塗り替えられること、ひいてはそれはかつて少年時代に愛したジャンプという雑誌が自分たちの手を離れ、変革を迎えることへの反発もあるのかもしれない。
しかも、その変革が「少年読者」の支持によってではなく、腐女子支持によって、となると嫌悪感もひとおであろう。
かつて少年時代憧れ夢中になって読んだジャンプ作品が、読者層も塗り替えられ、作品の形態も変容し、たまに出てきた正統派(腐に媚びない)作品は無残にもアンケ打切りの憂き目に遭う。そしてチヤホヤもてはやされるのは、銀魂やDグレ、リボーン、ハイキュー、黒バス…といったような、やたら「腐女子ウケ」のよさそうな作品ばかり…
しかしそれもまた時代の流れと割り切れず、未だ少年ジャンプから卒業できない懐古厨。
本来ならば、少年漫画とはとっくに縁を切るべき年齢であるのに、未だにジャンプ作品の連載陣をチェックしては昔の良作と比較し、ジャンプの未来を憂いだり、また編集側でもそうした懐古厨読者層のジャンプ離れを懸念するかの如く長期連載作品を終了させられなかったり――こうしてますます少年ジャンプから離れられない懐古厨たちは、少年時代に終わりを告げてもなお執着することとなる。
もはや一部の粘着型懐古厨にとって、ジャンプはただのいち少年雑誌ではなく、まさしく「青春の象徴」ということなのかもしれないなと、ふと思ったりもするのである。
「古き良き時代のジャンプを」「イケメンでかっこいいライバルキャラなんかいらない!」「スポーツ漫画に能力バトルは不要」「可愛い女のコがいればそれでいい」…そんな「懐古厨たち」に寄り添うことで結果、女性ばかりか「少年読者」をも遠ざけてしまうことにならなければいいのだが…と懸念するばかりである。
◇「狙った読者層」への訴求活動はもちろん大切。しかしそれをやるのは読者でもなければ漫画家の仕事でもない
「少年読者」に読んで欲しい、「少年漫画」であり続けたい。
漫画家さんが自分の作品にそういった想いを込める気持ちは良く理解できる。
女性である私ですら、女性に寄り添った、まるで少女マンガのような展開のジャンプ作品を目にすると一種の焦燥感を感じてしまうからである。
どれほど女性の読者がつこうと、少年ジャンプはあくまで「少年のもの」であり続けて欲しい……
だが一方で、漫画家さんによる、「男性読者を意識して描きましたよ」という要素が透けて見える作品には眉をひそめてしまう。
分かりやすい例でいくと先ほども述べた「唐突なラッキースケベ展開」などである。あとはむやみやたらに「女性軽視」を盛り込んでいたりするところも、自分が女性だから不快だというのではなく、「男性読者への媚び」が見えてしまうのが作品の質として残念だったりする。もちろんこれらの要素を含みつつも面白い作品はたくさんある。要はそうした「媚び」に気をとられて物語を台無しにしてしまっている類の作品が勿体無いのである。
つまり、漫画家さんには「読者層」とかそういう余計なことを考えずに漫画を描くことに集中して頂きたいと願う次第である。
だが、それならばいったい誰がそういったターゲット層への訴求を采配するべきなのか。
実はそれこそが編集者の仕事なのではないかと思う。
「少年漫画への原点回帰」などとぼやく前に、広告やキャッチを使ったイメージ戦略など、いくらでも訴求方法を工夫すればよい。
個人的には『少年ジャンププラス』などはそこのところ結構うまいことやってるなーとは感じる。漫画作品自体は本当に誰の目も気にせずひたすらに良い作品を「のびのび」追求して描かれてる、読者を選ばない、その開かれた感じが逆に「イマドキの少年漫画」という気がするのだから不思議である。
創刊に際し、「僕たちは、少年ジャンプが、大好きだ」 「だからこそ、少年ジャンプを倒すと決めた」 と宣言していた『少年ジャンププラス』だったが、本当に少年ジャンプを倒し、超える日が来るのもそう遠くないかもしれない。
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